林業をもっと誇れる仕事、憧れられる仕事に。林業コンサルタントとして魅力あふれる地域林業を実現する。
―まずはなぜ林業に興味を持たれたのか、ご経歴から教えてください。
私は福岡県北九州市出身で、小さい頃から祖父に連れられてよく山登りに行っていました。それで自然に関わる仕事をしたいと思うようになり、地元の高校を卒業後、鹿児島大学の農学部へ進学。林業について学び、福岡県庁に林業技術職として入庁しました。
―林業に関して福岡県にはどんな拠点があり、何人くらい働いているのでしょう。
林業関連の部署が置かれている出先機関は県内に6つあり、ほかに久留米の試験研究機関、福岡市の本庁があります。福岡県の林業技術職は200人ほどです。
―そもそも森林とは何で、酒谷さんがどんな仕事をされてきたのか教えてください。
森林というのは木や竹が集団で生育している場所と木や竹そのものを指します。また、大きなひとかたまりに見える森林も丸ごと一人が所有しているわけではなく、住宅地と同じように区域ごとに持ち主がいて、個人や組合、自治体などが管理しているケースがほとんどです。
私は入庁後、八幡と行橋の農林事務所でそれぞれ5年働きました。まずは県が管理する県営林の事業に従事し、間伐の設計や森林の調査などを経験。長く携わったのは林業の普及指導です。森林の所有者さんや市町村、森林組合や林業事業体に、森林に関する知識や技術的なことを伝える業務で、現場に近い人たちと密にやり取りできることにやりがいを感じていました。
―専門的な業務ですね。その後はどんなことを?
本庁へ異動になり、森林クラウドGIS(地理情報システム)の立ち上げや、森林関係データの汎用化処理を担当しました。
クラウドGISの導入により、行政関係者を中心に正確かつ即時的な情報共有が可能となり、データ更新コストや速度は大きく改善しました。
今このパソコンで見ているのは、いつ植えられたどんな木がどこに生えているかといった情報が整理された、地図と台帳が一体になったものです。これは地域で林業をする人にも行政にも重要な情報で、こうした森林資源情報は行政関係者を中心に一部の林業関係者のみが利用可能でしたが、データを汎用化し、それを公開することで、誰でも気軽に森林関係のデータを取り扱うことが可能となりました。
また、森林は森林法で取り扱いが規定されていて、たとえ自分が所有している木1本でも勝手に伐れないんです。伐採届などの手続きや、伐った丸太を積んで搬出する作業道の作設に関しての許可なども必要で、そういうときにもクラウド上のデータや汎用化された森林資源データは欠かせません。
本庁の次は福岡市の農林事務所で再び林業普及指導に従事し、2022年に退職して独立しました。
―自治体を辞めて創業されるのは、かなり珍しいと思います。なぜ独立されたのでしょうか。
確かに地方自治体の職員は定年まで勤められる方がほとんどです。県の仕事はやりがいがありましたが、どうしても転勤や担当替えがあり、自分の好きなことや得意なことを突き詰められません。私は県庁で扱ったGISに大きな可能性を感じ、GISを活用して現場をもっと良くしたくて退職し、2022年4月に福岡森林企画を立ち上げました。
―既に同じようなことをしている方がいるのでしょうか。
もしかしたら定年退職してやっている方はいるかもしれませんが、私が知る限り、少なくとも福岡県内では一人もいません。私は仕事で「1番」にこだわっています。品質で1番を目指すのはもちろん、まだ人がやっていないことを最初にやりたいと思っているんです。もちろん需要を見越した上でです。
―創業して1年半経ち、今はどのような仕事をされているのでしょう。
弊社は「公益的機能の維持増進と経済性を両立した魅力あふれる地域林業を実現する」をビジョンに掲げ、具体的には3つの事業があります。1つは地域林政支援として、市町村の林務行政に関するコンサルティングとデータ処理。次に林業における地理空間情報の活用支援、そして自治体や森林組合職員等に対する人材育成です。
現在は、県内の案件に直接関わるほか、自治体向けに林業関係のシステム供給やコンサルティングを行う大手企業にアドバイスをする仕事も行っています。彼らが供給するシステムやサービスの質が上がることで、より多くの現場に良い影響を与えられるという点で意義が大きいと感じています。
―エリアとしては福岡県が中心ですか。
はい、林業のやり方は地域によってさまざまで、地元の現場の人にしか分からないことも多いんです。私は森林総合監理士という国家資格を持っていて、市町村の森林施策を考えるサポートをする立場にありますが、基本的には地域の実情を把握している福岡県内の林業に関わりたいと考えています。
―今、林業にはどんな課題があるのでしょうか。
林業に限らず全ての産業で人材が不足する中においても、森林に関する仕事をやってみたいという若者は一定数いて、異業種からの転職も含め、森林組合や林業事業体に入ってきてくれています。ただ、自然に触れ合う仕事がしたくて入ったけれど、申請書や図面づくりなどの書類ワークも意外に多くてイメージと違った、給料が思うように上がらないといった理由で離職してしまうケースも…。
一方で、最近は森林の水源涵養や土砂災害防止といった公益的機能が広く認知されて、社会的にも重要な仕事と言われるようになり、誇りを持って仕事をしている人もたくさんいます。私は林業の現場で働く人たちを心から尊敬していて、彼ら彼女らが元気に楽しく誇りを持って働くお手伝いをしたい。そのために自分ができること、地理空間情報の活用推進を軸にした業務効率化と省コスト化支援に全力で取り組み、「林業を誇れる仕事、憧れられる仕事に。」というビジョンを達成したいと思っています。
―林業特有の事情があるのですね。
「スマート林業」という言葉があるように、デジタルやICTを使って安全で効率的な林業を推進する方針を林野庁が示しています。補助金を活用して新たなシステムやデータの導入も進められていますが、それらが本当に必要なのかを見極めること、一過性の取り組みではなく、有効なものを自分たちで当たり前に使えるようになることが重要であると考えています。
デジタルの活用は、若い人のほうが得意だと思います。地理空間情報は測量系のカテゴリーで、市町村や県、全国と広い領域のデータを取り扱うことができますし、ドローンや高精度GNSS受信機など最新の機器も利用します。また、木材生産の現場では高性能で近代的な林業機械も多く活躍しています。こうした切り口から林業を捉えて、カッコいい仕事として若者に参入してもらってもいいなと思います。
―独立されて、いかがですか。
自分の好きなことや得意なことだけに集中できるので、楽しくて仕方がありません。公務員だったときは、やりたいことがあっても上司に相談して行動に移すまでに時間も手間もかかりましたが、今は自分の判断でやると決めたら即やれることが面白い。上手くいかないこともありますが、より良いサービスを提供する上で失敗やその過程も大切だと考えています。
―古賀市にお住まいで、快生館にオフィスを構えているそうですね。
結婚を機に古賀市に住み始めて、15年以上が経ちました。住みやすく、居心地がすごくいいです。住宅街は静かで、少し足を延ばせば娯楽施設や買い物できる店がたくさんあります。博多や天神へのアクセスが良く、自宅から福岡空港の保安検査場を抜けるまで約1時間と便利なのも魅力です。
創業してすぐは自宅で仕事をしていましたが、手狭に感じていたところ、たまたま市の広報誌で快生館のことを知り、半年前に入居しました。自然に囲まれたロケーションで、温泉に入り放題というのもあり、とても快適に働いています。
―最後に、今後の展望について聞かせてください。
将来的には今、弊社が提供しているサービスを世の中にもっと広められたらいいなという気持ちがあります。林業の世界において私の働き方は新しい形ですが、独立してうまくやっていることを示せれば、自分もやろうと後に続く人が出てきて、日本の林業をもっと良くできるかもしれません。
仕事のエリアとしては、先ほどお話したように地域に密着して福岡県を対象に、できれば古賀と糟屋に軸足を置けるといいなと思っています。古賀を管轄している森林組合さんとはお付き合いがありますが、行政とはまだご縁がありません。古賀は林業的に面白いエリアで、海岸に松林、山に杉や檜、雑木林があり、竹林の問題も抱えていて、やらなければいけないことがたくさんあります。いつか地元の林業にも関わることができればと願っています。
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